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東京地方裁判所八王子支部 昭和32年(ワ)324号 判決 1963年1月22日

原告 宗教法人 西蔵院 外二十二名

被告 国

訴訟代理人 沖永裕 外四名

主文

被告(反訴原告)は、原告(反訴被告)西蔵院に対し別紙目録記載の第一土地(以下第一土地第二土地等と略称する)を同榎本長治に対し第二土地を、同竹内才子、同竹内善孝、同竹内英彦、同竹内道子、同竹内敬子に対し第三土地を、同本木ウマ、同本木嘉重、同本木国蔵、同本木重年、同渡辺ミヨ子、同本木清、同本木七郎、同桜井千代、同原島嘉代子、同笘米地千恵子に対し第四土地を、同吉野千代、同吉野一知、同小坂良子、同吉野美寿江、同佐伯信子に対し第五土地を、同関田孝に対し第六土地を夫々引き渡せよ。

被告(反訴原告)は、原告(反訴被告)西蔵院に対し第一土地につき、同榎本長治に対し第二土地につき、同竹内才子、同竹内善孝、同竹内英彦、同竹内道子、同竹内敬子に対し第三土地につき、同本木シマ、同本木嘉重、同本木国蔵、同本木重年、同渡辺ミヨ子、同本木清、同本木七郎、同桜井千代、同原島嘉代子、同笘米地干恵子に対し第四土地につき、同吉野千代、同吉野一知、同小坂良子、同吉野美寿江、同佐伯信子に対し第五土地につき、昭和二十九年十月一日から同三十二年十二月三十一日まで一筒月一坪につき金九円六十銭、同三十三年一月一日から同三十五年十二月三十一日まで一箇月一坪につき金十六円、同三十六年一月一日から同年十二月三十一日まで一箇月一坪につき金二十六円六十六銭、同三十七年一月一日から右各土地明渡ずみに至るまで一箇月一坪につき金四十円の割合による金員を、同関田孝に対し第六土地につき、同二十九年十月一日から同三十二年十二月三十一日まで一箇月一坪につき金九円六十銭、同三十三年一月一日から同三十五年十二月三十一日まで一箇月一坪につき金十六円、同三十六年一月一日より右土地明渡ずみに至るまで一箇月一坪につき金二十六円六十六銭の割合による金員をそれぞれ支払え。

反訴原告(被告)の請求は之を棄却する。

訴訟費用は本訴反訴を通じて全部被告(反訴原告)の負担とする。

事  実 <省略>

理由

一、本件各土地に対する買収計画並にその手続の大要

成立に争のない甲第一、二号証、同第三号証の一ないし三、同第四号証、同第五号証の一、二、同第十一、十二号証、同第十三号証の一ないし四、同第十八号証の一ないし九、乙第十三号証の一ないし四、証人関田歌子、同服部知治、同飯橋晴源、同藤田信の各証書と原告本人榎本隆成、同榎本長治、同竹内才子(一、二回)、同本木シマ、同吉野一知の各尋問の結果を綜合すると、本件各土地については、(イ)大東亜(太平洋)戦争が、昭和十九年頃から本土決戦の様相を呈して来たため、陸軍燃料本部(所謂府中燃料廠)の空襲に対する防護上、境界偽装の目的から、その敷地を南東部、南西部、北東部に拡張する必要に追られたこと。(ロ)陸軍燃料本部は敷地拡張を陸軍省に上申し、陸軍省において敷地の拡張を決定し、昭和十九年四月四日陸普第一、三五六号、同年八月一日陸普第七、三七三号、同年九月六日陸普第三、一九九号をもつて該当土地を買収するよう東部軍経理部に指令したこと。(ハ)本件各土地はいずれも陸軍燃料本部の北東部に位し、前記陸普第三一九九号の指令により買収予定地とされたこと、(二)東部軍経理部経営課においては、買収の準備として軍属の飯橋晴源が現地を調査して、予算の範囲内で、買収が可能なることを確認し、雇藤田信が関係役場や税務所に赴いて公図の写をつくり、地主の氏名等を調査して、いわゆる「名寄簿」なるものを作成したこと、(ホ)地主との買収の交渉には右飯橋晴源が担当し現地の或る一定の場所に該当地主を集め、買収予定地の発表を行い、その席上、同人は、当時、出席地主の氏名や買収についての承諾権限等をすべて正確に把握していなかつたため、売買契約書となるべき「名寄簿」に、買収に同意する旨の地主の捺印を求めず、その他別の形式による売買契約書をも作成することなく、ただ「これだけの地域に、これだけの関係の方々の先祖伝来のお宝(土地のこと)を軍がいただきます。それについて登記関係書類は後日経理部の職員を伺わせますからよろしく頼みます。」と言つてわかれたこと。(ヘ)その後、右飯橋晴源、右藤田信が当該買収予定地内の一部の地主から土地売買証書、登記承諾書、代金請求書をとつて登記を経由したが、本件各土地については、いずれも右の各書面をとつた形跡がなく登記も経由していないことが認められる。証人飯橋晴源、同藤田信の各証言中、右認定に低触する部分はこれを採用することができないし、その他右認定を覆えすに足りる証拠もない。

二、被告は、昭和十九年十月十九日本件各土地を買収した根拠として次の各点を主張するので順次判断する。

(1)  被告は、乙第二号証が、国有財産台帳の附属図面として陸軍省から大蔵省に引継がなされ、該図随に本件各土地が買収ずみの土地として記入されている旨主張する。

しかしながら、証人田口敏夫の証言によると、乙第二号証は、田口敏夫が関東財務局の倉庫から見つ出したもので、他の図面とひとまとめにして綴られていたもので、国有財産台帳に添付してあつたものではないことが認められる、又証人飯橋晴源、同藤田信も乙第二号証が国有財産台帳の附属図面でない旨証言しているところから、同第二号証が国有財産台帳の附属図面であることは到底認められないところである。

なお、乙第一号証の三(その方式によつても、又証人飯橋晴源、同藤田信の各証言により国有財産台帳とは認められない。)の三枚目、沿革欄に、「昭和十九年十月二十九日比留間富蔵外三十四名より拡張、昭和十九年四月四日陸普第一、三五六号通牒による」とあり、下欄に、「昭和十九年十月、拡張、数量三万一千八百四十五坪、現在数量十七万九千七百十一坪」なる旨の記載がある。又、その方式及び趣旨により真正の国有財産台帳と推定される乙第十二号証の二の第一行目備考欄に、「十七万九千七百十一坪」の旨の記載があつて、前記の現在数量の坪数と符合するところから、本件各土地の買収地積が、前記「数量三万一千八百四十五坪」めうちに包含されているかもしれないとの疑の余地が生ずるかもしれない。しかし本件各土地の買収は右一の(ハ)において認定したとおり、昭和十九年九月六日陸普第三、一九九号通牒によるものであつて、右の昭和十九年四月四日陸普第一、三五六号通牒とは関係がないし、証人飯橋晴源同藤田信も、登記してないものは台帳に登録してない旨それぞれ証言している。したがつて、本件各土地はいずれも国有財産台帳並に同附属図面に未だ登記されていないものと認めるのが相当である。よつて、被告のこの点に関する主張は採用のかぎりでない。

(2)  被告は、乙第三号証の二により本件第一土地の買収代金金三千百七十八円を原告西蔵院に支払ずみであると主張するのでこの点について考えてみる。

乙第三号証の二は、昭和二十年十月十九日附作成された請求書(府中町長大津捷二作成、東部軍管区経理部宛、本件第一土地を含む他の数筆の土地の買収地代金並に地上物件補償料請求書)であつて、その余白に「日本銀行受領証ハ別冊製本ス」との印が押印してある。そして、成立に争のない乙第四号証の二の境外所有地売却許可願なる書面(西蔵院住職及び壇信徒総代連名からなる東京都長官宛)が同二十年九月十五日附で作成されていることを対比すること、東部軍経理部では、乙第四号証の二、四により本件第一土地の買収に関し、宗教団体法(昭和十四年四月七日法律第七十七号)第十条所定の総代の同意と管長の意見書を具備したものとして、土地代金を支払うため日本銀行に資金を交付(大正十一年三月十七日会計検査院達第一号計算証明規程第二十四条第二項)したものと考えるのも一応無理からぬところであろう。

しかしながら(イ)前記日本銀行の受領証が証拠として提出されていないこと。(ロ)前顕乙第四号証の一ないし四が多磨村役場の土木書類綴に綴られており、同乙第四号証の二の多磨村長の奥書部分が赤斜線をもつて抹消されていることからすると、宗教団体法第十条所定の地方長官(都長官)の認可(同法第十条第三項によると、地方長官の認可を受けずして為した行為はこれを無効とすると規定されている。)を未だ受けていないものと推認されること。(ハ)原告西蔵院の土地代金請求書、土地代金請求を府中町長に委任した旨の委任状が証拠として提出されないばかりか、証人福島種満の証言によると原告西蔵院の代金領収書が府中町役場に存在していないこと。(二)原告本人榎本隆成の尋問の結果によるも西蔵院が右土地代金を受け取つた形跡が認められないこと。等を併せ考えると、乙第三号証の二をもつて土地代金を支払つたものと推断することはできないものと言うべきである。右認定に抵触する証人福島種満同飯橋晴源の各証言部分は信用することができないし、その他右認定を左右するに足る証拠も存しない。

(3)  被告は、立木代金の支払手続は、当該土地代金の支払手続に遅れることが通常であると主張する。なるほど、証人飯橋晴源の証言によると、右主張にそうような部分があることが認められるけれども、一方、証人藤田信は、立木の代金の支払が当該土地の代金の支払よりも先になる旨証言しているので、必ずしも原告主張の順序により支払がなされるものとは認め難い。

(4)  被告は、原告等は財産税、相続税の申告について、本件土地を自己所有の不動産として申告していないから国が買収しているものと主張する。

しかしながら成立に争のない甲第十号証の一ないし六、同第十六、十七号証、同第二〇号証の一ないし三によると、本件各土地はいずれも原告らの所有地として固定資産課税台帳に登載され、同第十号証の五(免税点以下として非課税)を除きいずれも徴税されていたことが認められ、又弁論の全趣旨からすると、右課税処分に封し原告等から不服申立のなされた事跡もないものと推認されるから、財産税、相続税の申告について、本件土地を自己所有の不動産として申告しなかつたことをもつて、国が買収しているとの根拠にこれを取上げることもできない。

三、そうすると、(イ)、一の(ホ)で認定したとおり、飯橋晴源が地主を集めた席上、当該地主から「名寄簿」に買収に同意する捺印を受けなかつたこと、その他の形式による売買契約書をも作成しなかつたこと。(「名寄簿」及びその地の形式による売買契約書はいずれも証拠として提出されない。)(ロ)、一の(ヘ)で認定した如く、経理部職員が、本件各土地の地主から登記に関する土地売渡証書、登記承諾書、代金請求書を集めなかつたこと。(土地売渡証書、登記承諾書、代金請求書がいずれも証拠として提出されない。)(ハ)、一の(ヘ)で認定したように、本件各土地については、いずれも陸軍省のため所有権の取得登記が経由されていないこと。(ニ)の(1) で認定したとおり、本件各土地はいずれも国有財産台帳ならびに同附属図面に登録されていないこと等を綜合すると、本件各土地については、国と原告西蔵院、原告等先代榎本長八、同竹内太左衛門、同本木関蔵、同吉野軍蔵、同関田為作との間で売買契約は成立していなかつたものと認めるのが相当である。右認定に反する証人飯橋晴源同藤田信の証言部分は信用できず他に右認定を覆えすに足る資料は存在しない。

四、次に被告の取得時効の援用について判断する。

前記認定のとおり、本件各土地については売買契約が成立しておらず、登記は勿論、国有財産台帳えの登録も、十七、八年を経過するも未だなされていないことからすると、被告国が所有の意思で占有して来たものとは認められない。仮にそうでないとしてもおよそ国(陸軍省)が、民間人より土地を買収し、その占有をはじめるには、売買契約が完結したことを確めることはいうまでもなく、特段の事情のない限り登記簿を調べ、国有財産右帳に登録されているかどうか調査した上で占有をはじめる注意義務があるものと言うべきである。これを本件に見ると、国(陸軍省)は前記認定のとおり、本件各土地の売買契約が完結したかどうか確めることもなく、又登記簿並に国有財産台帳を調査することもなく漫然これが占有を始めているのである。(しかも前記特段の事情があつたことについて被告は主張も立証もしていないから特段の事情がなかつたものと認定される。)そうすると被告が、昭和十九年十月二十九日頃から所有の意思をもつて占有を始め、じ来占有を継続して来たとしても、占有の始め過失がなかつたものとは言えないから、民法第百六十二条によりその不動産の所有権を取得したものと認めることはできない。よつてこの点に関する彼等の主張は採用できない。

五、被告が、本件各土地を遅くとも、昭和二十四、五年頃から占有し、現在アメリヵ合衆国軍隊に基地の敷地として提供し、同駐留軍を通じて間接にこれを占有していること、原告榎本長治は、先代榎本長八の相続をし、同竹内才子、同竹内善孝、同竹内英彦、同竹内道子、同竹内敬子は、先代竹内太左衛門を共同相続し、同本木シマ、同本木嘉重、同本木国蔵、同本木重年、同渡辺ミヨ子、同本木清、同本木七郎、同桜井千代、同原島嘉代子、同苫米地千恵子が先代本木関蔵を共同相続し、同吉野千代、同吉野一知、同小坂良子、同吉野美寿江、同佐伯信子が先代吉野軍蔵を共同相続し、同関田孝が先代関田為作を相続したことは当事者間に争がない。

そうすると、被告は、本件各土地北ついて、売買契約が未だ成立していないのにかかわらず、不法にこれ等を占有しているものといわねばならないので、原告等の、本件各土地の所有権にもとずき被告に対し主文第一項掲記の各土地の引渡を求める本訴請求はまことに正当であるからこれを認容する。

なお、本件各土地の相当賃料が、第一ないし第五の各土地については、昭和二十九年十月一日から同三十二年十二月三十一日まで一箇月につき一坪金九円六十銭、同三十三年一月一日から同三十五年十二月三十一日まで一箇月につき一坪金十六円、同三十六年一月一日から同年十二月三十一日まで一箇月につき一坪金二十六円六十六銭、同三十七年一月一日から右各土地明渡ずみに至るまで一箇月につき一坪金四十円ゝあること、及び第六の各土地については、同二十九年十月一日から同三十二年十二月三十一日まで一箇月につき一坪金九円六十銭、同三十三年一月一日から同三十五年十二月三十一日まで一箇月につき一坪金十六円、同第三十六年一月一日より右土地明渡ずみに至るまで一箇月につき一坪金二十六円六十六銭であることは、鑑定人江本一枝の各鑑定の結果により明らかであるから、被告は原告等に対し「本件各土地の賃料相当額の損害金を主文第二項掲記のとおり支払をなす義務がある。よつてこの点に関する原告等の本訴請求も正当でああるからこれを認容する。

しかしながら、前記のとおり、本件各土地の所有権が国に存することを前提として、本件各土地の所有権の移転登記手続を求める被告の反訴請求は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八十九条を適用して、本訴反訴を通じて全部被告(反訴原告)の負担とする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 石藤太郎)

目録<省略>

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